上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ウルトラマンメビウス「デスレムのたくらみ」をみました。

一言でいうと非常にもったいないエピソードでした。

作品意図を自分なりに再解釈してみると、

まず、心ない罵声をGUYSとメビウスに浴びせる市民を描いておいて、
そのことにより、人間の醜さに直面した未来は衝撃を受けます。

その一方で、生還する望みが絶たれたとしても構わないという覚悟を確認し合う場面、

リュウ「俺は............いや...」
マリナ(笑顔で)「.....帰れなくてもいい.......そう言おうと思ったんでしょ? 熱血バカらしくないわね。仲間に気を使うなんて。たとえ一時でもGUYSのメンバーになると決めたあの時、それくらいの覚悟はしてた。」
コノミ(笑顔で)「アタシもですよ。」
テッペイ「僕も。」
テッペイ「僕たちの気持ちをミライ君に伝えましょう。」

リュウ「そんなこと、できるのか?」
テッペイ「基地との回線は死んでいますが、あらゆる周波数帯の電波を発信すれば、
どこかで誰かがひろって基地に知らせてくれるかもしれない。それが僕の最後の仕事です。」


というやり取りがきます。ここで、自分たちの死を受け入れる話をマリナとコノミが笑顔で言い、テッペイがいつになく凛々しくあることで、絶望的な状況にあってもなお気高い意志を持ち続ける人間像を描こうとしているようです。

その対比があった上で、郷秀樹の未来に対する台詞、

「それでいいんだ。メビウス。
人間を愛するには人間を知らなければいけない。
人間の強さも、弱さも、美しさも、醜さも、
その両方を知らなければ、
お前はこの星を愛することができない。
俺たち兄弟は戦い続けてきた。
この星は守るに値すると信じて。
この星の未来は、お前とこの星に生きる人間達に託されている。」


で、美しさも、醜さも知った上で愛するということが語られます。

そして、GUYSだけでなく、一般の電気屋さんの善意の努力や、その通報をうけたKBCでの
「中継車、向かえるか?」
「店は戦闘地域です。」
「行きます!」
という使命感に燃えた姿に繋がり、さらにそれが、

「立ち上がれ、メビウス。そして、戦うんだ。俺たちに構うな。メビウス戦え。
俺たちのことはいいから。人々を守るんだ!GUYSクルーの心はひとつだ。
俺たち想いはお前に託す。メビウス。どうか、俺たちの分も戦ってくれ。
そして、街の人たちを守ってくれ!」


という呼びかけに繋がり、それが街の人たちの心にも届きます。

こういう人間の醜さと美しさをめぐる表現は、うまく映像化されればとても感動的な話になったと思うのです。

でも、今回の出来上がった作品を見ると、人間の美しい部分を描いた部分の盛り上げ方が不十分で結果的に醜い部分との対比が上手くきいていないような気がしました。
音楽とかカット割とか、間の取り方とか総合的な演出で、もう少し何とかならなかったものかと。

今でもそれほど酷い出来ではないのですが、その辺が奇麗に決まれば、ダイナの「ぼくたちの地球がみたい」や「時の娘」と比肩する話になったと思うのです。

だから、とってももったいないというのが個人的感想です。
う~ん。ホント惜しい。

ところで、最後の撮ってつけたシーンや予告みてで思ったんだけど、
ここ最近、サコミズとゾフィ、マリナとエース、ジョージとジャック、コノミとセブン、というように個人的なつながりを作ってきていません?伏線?ミスディレクション???
スポンサーサイト
 科学者の間では、論文が掲載されるとちょっと名誉であるとされる学術雑誌にNatureというものがあります。

この雑誌は、分野ごとに細分化された学術雑誌ではないので、論文が掲載されるには、単に優れているだけでなく専門領域以外の学者の注目も引くような一般性のある訴求力が要求されるそうです。
(ごく一部には、結局、派手な研究に眼を奪われた週刊誌という陰口もあるそうですが。)

さて、この「権威ある」Natureに、日本の科学情報TV番組が紹介されました。
こちらの記事

紹介されたのはHakkutsu: Aruaru Daijiten IIです。「あるある大辞典」

中身はもちろん捏造問題。事実経過が、おかしな引用された被害者の学者への短いインタビューと共に報じられています。

ちなみに、その学者は用心深くなってしまい、Natureの記事に発言がどのように引用されるのかもきっちり事前にチェックしたそうです。それが「あるある大辞典から学んだこと」だそうです。

かくして、「あるある大辞典」事件は世界中の科学者の知るところとなったようです。
やれやれ。
2007.02.17 エースの願い
ウルトラマンメビウス「エースの願い」を見ました。

今回の見所は、
南夕子の出現と再会によるエースという物語の完結と「私の変わらぬ願い」、
そして、嫌な奴ヒルカワを演じる加藤 厚成さんの熱演でしょう。
南夕子演じる星光子さんは気品があってよかったと思います。
あと、押し掛け女房っぽいジングウジさんにドキドキするミライ君ですかね。

個々のシーンはよいのですが、脚本はあまりいいとは思いませんでした。
なつかし要素を別にするとグッとくるところがないというか、前回に引き続き次の回のプロローグに過ぎないかのような.....

ストーリーの面では、もうちょっと頑張って欲しいかなあ。
ま、いいや南夕子を見られたから。
あとは次回に期待。
メビウスが終わるとウルトラマンの新作も当分見られなくなります。残り5話!

追記:
よく考えると今回の北斗の千里眼&テレパスは凄いですね。異次元と月に同時モニターして介入!
ウルトラマンメビウス「脅威のメビウスキラー」を見ました。

今回は次回の前編という感じでしたね。
来週は怒濤の展開のようです。

今週は、まあ、なんというか。
とりあえず、「ウルトラダイナマイトいや、さしずめメビュームダイナマイト」習得おめでとうということで。

ヤプールに命名されちゃいましたね...^^;。
ウルトラマンメビウスの公式ホームページ。

次週登場の怪獣の記述。倒され方や、その後の展開への影響、
そして、どんな策略を弄するかまで書いてある。

いままでみた中で最強のネタバレ。
びっくりしました。(><;)
ウルトラマンメビウス「旧友の来訪」を観ました。

サコミズ隊長の来歴がウラシマ効果というSFっぽい現象をからめて語られました。
GUYS成立にも深く関わっていたし、サコミズが宇宙飛行士をやめて再び地球防衛の任務に就いた動機も明らかになりました。(隊長の演技も流石に隊員達と比べると上手いなあと感心)
「俺達は守られていたんだ。俺達の知らない内に、俺達の知らない場所で、俺達の知らない敵からな。俺は彼等の心に応えたい。」

人知れず人類の盾となって、宇宙空間で地球の為に死闘を繰り返していたゾフィも泣かせる。
「やがて君達も我々と肩を並べ、星々の狭間を翔る時が来るだろう。それまでは我々が、君達の世界の盾となろう。」

メビウスならではいい脚本と演出でした。

ネット上では多少の議論もあるみたいだけど、設定的には以下のような感じかな?
0.科学特捜隊にサコミズ班組織される。タケナカもどこかで地球防衛の任務についていた。
1.ウルトラマン地球に来訪、ムラマツ班ハヤタ、ウルトラマンに同化。
2.サコミズ、亜光速実験船イザナミ乗員になる。(科学特捜隊時代)
3.UDF、ウルトラ警備隊設立。タケナカ、参謀に就任。さらに、MAT成立~UGM時代まで色んなウルトラマンが活躍
3.この間、3回の亜光速実験船イザナミの試験飛行
 (冥王星軌道でのゾフィの「とうとう自力でここまで来たか」の台詞から、太陽系内を周回する試験飛行だったと思われる。イザナミ艦載ビートルや科学特捜隊のロゴが変更されていないことから、次の試験飛行までの間には簡単な整備と補給だけだったと思われる。)
4.ウルトラマン80、地球を去る。怪獣頻出期終了。
5.マン、セブン、ジャック、エースがUキラーザウルスを神戸沖に封印。変身不能に。
6.タロウ、M78星雲に帰還。教官に就任。
7.サコミズ、亜光速実験船イザナミで4回目の試験航行中、ゾフィが人知れず太陽系外縁で地球を守る為に戦い続けていたことを知る。
8.サコミズの報告により、怪獣頻出期でないにも関わらずGUYSが設立される。
9.メビウス、地球に着任。GUYS-JAPAN セリザワ隊、壊滅。サコミズ隊、組織される。

0~9までの間、実に40年弱。いやあ、SFしてますね。なかなか遠大な話でした。

あの世界では今も後任の誰かが光速突破にむけて試験飛行しているんだろうか...
ネタがないので戯れ言など。

以前の記事でも書いたように、大手メーカーまで宣伝に組み込んでいるが、科学的には効果が全くもってハッキリしない「マイナスイオン」とか、まったく科学的には間違いであることがハッキリしているのにいつまでも浄水器の宣伝につかわれる「単分子水」などは、物理学会で批判的なセッションが設定されるなどしたことさえあるのに大きな問題にはならない。

一方で、「あるある大辞典」での捏造実験の話が連日、マスコミを賑わせている。
まあ、実験をしたことがある人が見れば、いい加減きわまりないことをやっているようにしか見えないとは昔から言われていた。事実、後から後からあれもこれもと続々と捏造疑惑が指摘される始末。それが今頃、問題になるのはちょっと解せない。スポンサーとか何とか、お金の問題もあるのかもしれないが、この温度差はなんなんだろう?

そもそも、TV番組で行われる実験は、検証実験(エクスペリメント)ではなく演示実験(デモンストレーション)の類い。

デモンストレーションは、証明の為にするのではなく、言いたいことを分りやすく説明するために行われる。件の物理学会の資料でも、両者を区別しないといけないことが指摘されている。充分に科学的にきっちりした検証実験の裏付けのある話があって、はじめて演示実験の正当性が担保される。

デモンストレーション実験を捏造するのは論外だけど、たとえ捏造でなくても、ちゃんとした検証実験の裏付けのない仮説を適当なデモンストレーション実験だけで「証明した」ことにする発想自体が問題だと思うんだけどなあ。

ひょいと企画して5、6人の被験者で荒っぽい実験をしたところで何かを証明したことにはならないことの方が多いのではないか。たまたまかもしれないし、他の要因があるかもしれない。

いや、まあ、そういうのでも見ている人の皆が、「おまじない」とか「ただ夢を語ったバラエティのネタ話」だと話半分に思っているなら、それもアリだとは思うけど....。UFO番組とか、心霊番組とかみたいにね。どうなんでしょ?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。