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2007.01.21 ひとりの楽園
メビウス「ひとりの楽園」を見ました。

えーと、今回は惜しい。けど...もうひと捻り欲しかった気がします。

ドラマとしての起承転結をみると、

「起」は、
家族には構ってもらえず、友人もタカリの対象としてかみてくれない。
それが故の孤独感と絶望感を感じる女子高生ナオコ。

「承」は、
皆で一つに融合して心を共有してしまえば、疎外されることもなくなり、傷つかずに平和な気持ちで暮らせる。というソリチュラの誘惑。

「結」は、
「きっと、人間って誰だってさびしいんだと思います。だからって....、上手くは言えまえんけど、きっと、寂しいことも、悲しいことも皆大切なんです。」

「あたし、もっと色んな人と話したい、色んな人と知り合いたい、色んな人のこと分ってあげたい。だから、もう泣かないんだ。」

とナオコが心から語るラスト。

ね、結構、いい話になるような気がしません?

そして、
ソリチュラン役の田中伸彦さんの穏やかで寂しげで儚げな、だが、浮世離れして怪しい雰囲気は素晴らしかったですし、主人公ナオコを演じた仲 里依紗さんもすっと心に入ってくる演技でなかなかの逸材。

音楽も儚げで繊細な雰囲気で場面にぴったり。

恐ろしい災厄の根源が、実は寂しくて悲しくてやりきれない気持ちであるというのもホラーのツボを抑えた設定。

冒頭のOL役の方の演技が今ひとつなのを除けば、材料は傑作を生むのに充分なものが揃えられていたと思うんです。

このエピソードの「転」では、ナオコの心境に大きな変化が生じ、苦しくても寂しくてもそれに負けて全てを諦めてはいけない、と心から思う出来事が必要なはず。それがあって初めて「結」での心情の吐露が心を打つ予定ではなかったかと....(^^;

その「転」にあたるのが、「ソリチュラに取り込まれた人の異様な姿」と、ミライの「さびしいと思うこともできなくなってしまう」という警告でした。これはちょっと薄かったんじゃないでしょうか?

そして、このエピソードでは「結」のために用意された台詞を、他人を諭す言葉として使用してました。

でも、ソリチュラとの同化に魅せられた人々は、異様な姿で接続されることも、さびしいと思うこともできなくなることも、ナオコと同じように理解していたはずです。

つまり、それでもいい、人の世で生きて行く方が辛すぎるから、と思った人たちなわけです。

ナオコが心を動かす転機が弱い為に、ナオコが彼等を現実に引き戻すための訴求力も弱くなってしまっているような気がします。

だから、惜しいと思うのです。ちょっと残念。
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