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ウルトラマンメビウス「デスレムのたくらみ」をみました。

一言でいうと非常にもったいないエピソードでした。

作品意図を自分なりに再解釈してみると、

まず、心ない罵声をGUYSとメビウスに浴びせる市民を描いておいて、
そのことにより、人間の醜さに直面した未来は衝撃を受けます。

その一方で、生還する望みが絶たれたとしても構わないという覚悟を確認し合う場面、

リュウ「俺は............いや...」
マリナ(笑顔で)「.....帰れなくてもいい.......そう言おうと思ったんでしょ? 熱血バカらしくないわね。仲間に気を使うなんて。たとえ一時でもGUYSのメンバーになると決めたあの時、それくらいの覚悟はしてた。」
コノミ(笑顔で)「アタシもですよ。」
テッペイ「僕も。」
テッペイ「僕たちの気持ちをミライ君に伝えましょう。」

リュウ「そんなこと、できるのか?」
テッペイ「基地との回線は死んでいますが、あらゆる周波数帯の電波を発信すれば、
どこかで誰かがひろって基地に知らせてくれるかもしれない。それが僕の最後の仕事です。」


というやり取りがきます。ここで、自分たちの死を受け入れる話をマリナとコノミが笑顔で言い、テッペイがいつになく凛々しくあることで、絶望的な状況にあってもなお気高い意志を持ち続ける人間像を描こうとしているようです。

その対比があった上で、郷秀樹の未来に対する台詞、

「それでいいんだ。メビウス。
人間を愛するには人間を知らなければいけない。
人間の強さも、弱さも、美しさも、醜さも、
その両方を知らなければ、
お前はこの星を愛することができない。
俺たち兄弟は戦い続けてきた。
この星は守るに値すると信じて。
この星の未来は、お前とこの星に生きる人間達に託されている。」


で、美しさも、醜さも知った上で愛するということが語られます。

そして、GUYSだけでなく、一般の電気屋さんの善意の努力や、その通報をうけたKBCでの
「中継車、向かえるか?」
「店は戦闘地域です。」
「行きます!」
という使命感に燃えた姿に繋がり、さらにそれが、

「立ち上がれ、メビウス。そして、戦うんだ。俺たちに構うな。メビウス戦え。
俺たちのことはいいから。人々を守るんだ!GUYSクルーの心はひとつだ。
俺たち想いはお前に託す。メビウス。どうか、俺たちの分も戦ってくれ。
そして、街の人たちを守ってくれ!」


という呼びかけに繋がり、それが街の人たちの心にも届きます。

こういう人間の醜さと美しさをめぐる表現は、うまく映像化されればとても感動的な話になったと思うのです。

でも、今回の出来上がった作品を見ると、人間の美しい部分を描いた部分の盛り上げ方が不十分で結果的に醜い部分との対比が上手くきいていないような気がしました。
音楽とかカット割とか、間の取り方とか総合的な演出で、もう少し何とかならなかったものかと。

今でもそれほど酷い出来ではないのですが、その辺が奇麗に決まれば、ダイナの「ぼくたちの地球がみたい」や「時の娘」と比肩する話になったと思うのです。

だから、とってももったいないというのが個人的感想です。
う~ん。ホント惜しい。

ところで、最後の撮ってつけたシーンや予告みてで思ったんだけど、
ここ最近、サコミズとゾフィ、マリナとエース、ジョージとジャック、コノミとセブン、というように個人的なつながりを作ってきていません?伏線?ミスディレクション???
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